久しぶりに会った。

Uncategorized
スポンサーリンク

しばらくぶりに以前に滞在していた所に来ている。

正直に言ってしまうとここにはあまり来たくなかった。来づらいという思いはなによりも命を削って頑張った場所でもあるからだ。

空白を生む1年

正確に言ってしまえば1年ではないが区切りが良いので1年ということにしておこうか。

以前ここには修行と言っても差し支えない2ヶ月間と合宿を行った1ヶ月間の計3ヶ月間滞在していた。精神を削った場所であり、頑張った人と一緒に過ごした時間も体が覚えている。懐かしさを感じさせる街の匂いが、過ぎ去った季節を思い出させるような暑さが、残酷なまでの現実を見させる。

この1年、私は疲れてなにもしてこなかった。なにもできなかったというわけではないので、なにもしていなかったという表現が正しいだろう。見つかるはずのない生きるという答え、やりたいことなんてなく隣の芝生を羨ましがるだけの日常、それが私の1年の報告の精一杯だ。

 

そんな私、なにも手にしなかった1年を過ごした私は、ここに来るのが辛かった。胸騒ぎがうるさい。はっきりした言葉を使うと嫌だったのだろう。

短い期間ながらも精神を、技術を成長させて一緒に過ごした人たちが、そして他のなによりも私自身が私自身を許してくれるわけがなかろうという後ろめたさしかなかったのだ。

緊張の口元

しばらくぶりに会うとその人は以前と変わらない笑顔で迎えてくれた。緊張していた私の口元を見られただろうか。そんな心配も他所にするほどに話は弾んだ。

この1年の話を振られると少し口が固まった。緊張だろうか。後ろめたさしか感じられない口ぶりでも彼女は話を聞いてくれた。疲れた時は休めばいいさとそんな言葉もかけてくれた。慰めなのかと思ったが彼女はいつでもそうだった。辛い時はそう声をかけ、辛そうな時はそう声をかけていた。そんな関係だったと思い出させた。

 

しばらくぶりに会った人たちも変わることなく接してくれた。以前、別れたその続きからの関係を再スタートさせるように。後ろめたさを少しだけ持ちながらも私の時計も秒針を刻み出した。気づけば胸騒ぎは町の静かさに溶けるように聞こえなくなっていた。

私は私だった

不思議だった。なぜみんな態度を変えないのか。

しかし考えてみればいたって普通で、久しぶりに会った親友が仕事を辞めたとしてもなにも気に留めない。私はなにを気にしていたのだろう。私は私自身として接してきた人たちがコロッと態度を変えるのかとそんな不安を持っていた。

会いたいと思える人になにを見せてきたのか、そう自身に問うてみたときに私は私を見せてきたと答える。なら、私自身で会いに行けばいい。

恥じるならば、なにも化粧することなく心を見せてきた人たちに、厚塗り化粧の顔を見せるようなことを恥じよう。いまの私自身を見せることで笑う人たちではないと私は知っているから。

この町に戻ってきたことで、前を向けそうだ。ほんの少しの後ろめたさだけを胸にしまいこんで。

タイトルとURLをコピーしました